私はこれまで、規模も業種も異なる3社で経験を積んできました。 町工場から誰もが知る大企業まで、多様な環境で働かせていただきました。 しかし、そのすべてで共通していたのは、**「社畜」**と表現せざるを得ない労働環境でした。 詳細を下記に記載します ■ 1社目 – 限界を超えた日々 勤務時間は8時間+残業5〜7時間が当たり前。 土曜日も自主出勤が常態化し、年間に取得できる有休はわずか1〜2日。 それでも、有休買取制度はなく、60時間以上の残業はサービス残業扱い。 日付が変わる頃に帰宅し、数時間の睡眠でまた出勤。 このサイクルを延々と繰り返していました。 ■ 2社目 – 形を変えた搾取 次に転職したのはオフィス家具メーカー。 「前職よりはマシかもしれない」と思ったのも束の間。 8時間+残業2〜3時間の労働に加え、残業代は支給されない。 有休は形だけ存在するものの、取得できるのは年に1〜2日。 「働いた分だけ損をする」という理不尽さが、心に重くのしかかりました。 ■ 3社目 – 大企業の壁 「今度こそ環境は良くなる」と期待した3社目。 勤務時間は8時間+残業1〜2時間と一見すると常識的。 残業代も支給され、有休は年間5〜7日取得できました。 しかし、その実態は別の意味で過酷でした。 「わからないことは人に聞くしかない」 そんな状態が常態化していました。 社内の専用サイトは情報が整理されておらず、必要なデータはどこにあるのか分からない。 最新情報も反映されていないため、調べるよりも「知っている人に聞く」方が効率的。 しかし、聞く相手を間違えたり、質問の仕方が悪いと怒られることも珍しくありませんでした。 調べようにも答えは出てこない。 聞くしかないけれど、それで怒られる。 やがて、質問することへの恐怖が生まれ、人と話すことすら苦痛になっていきました。 ■ 行き場のない閉塞感と、変わりたいという想い 毎日が同じことの繰り返し。 「自分は何のために働いているのか」 「こんな日々がこの先も続くのか」 そんな虚無感が心を蝕んでいきました。 「このままでは自分が壊れてしまう」 そう気づいたとき、私は新たな一歩を踏み出す決意をしました。 製造業からIT業界へ。 これまで培ってきた設計力と柔軟な対応力を活かし、新しいフィールドで自分を再び輝かせると誓ったのです。